REPORT
2025/10/23

人の癒しと自然の再生が調和する。「物語の宝庫」伊吹山で探る、人と森のちょうどいい関わり方【Vol.1特別公開Sessionレポート】

日 程
8/21
場 所
滋賀県米原市
主 催
米原市シティセールス課

滋賀県米原市を舞台に「自然との関わり」から自分のこれからの生き方を学ぶプログラム「里山LIFEアカデミー in 伊吹山」。 2年目のキックオフイベントには、オンラインセミナーに約200名以上が申し込み。伊吹山の麓の会場にも、他府県から熱意ある参加者が集まりました。

伊吹山は、地球温暖化やニホンジカの食害による裸地化といった課題を抱える一方で、歴史や豊かな植生、薬草、地域文化など、多彩な可能性に満ちています。今回のセッションでは、地元で保全活動に取り組む人、森の資源を新しい産業へとつなげる人、リジェネラティブな旅を発信する人、それぞれの視点で伊吹山を「再読」。食を通じて森の未利用資源を価値化していく可能性や、環境保全に取り組みながら自分も癒やされる「リジェネラティブツーリズム」との親和性など、ゲストならではの視点から、人と自然、都市と里山の新しい「関わりしろ」を探る時間となりました。
 

INDEX

  • 伊吹山の魅力と課題を語らい、保全再生の仲間を広げる
  • 森を「薬草」で価値化し、森を守る
  • 訪れることで地域がより豊かに再生する「リジェネラティブ」な旅を編集
  • 伊吹山の持つ「資源」と「課題」を外にひらき、新たな価値を共創する 
  • 動植物、食、神話…伊吹山はコンテンツの宝庫。入り口はあなたの「好き」でいい
 


左からconomichiプロデューサーの吉澤克哉、「ユウスゲと貴重植物を守り育てる会」ならびに「霊峰伊吹 山の会」代表の高橋滝治郎さん、「日本草木研究所」主宰の古谷知華さん、「ハーチ株式会社 Livhub(リブハブ)編集部」の石塚和人さん。


イベント本番を前に、高橋さんのガイドのもと伊吹山山頂を訪れました。山頂の花を楽しみ、鹿から植物を守る金属柵や裸地化した南斜面を目の当たりにし、伊吹山の現状と課題を体感。照りつける日差しの中、汗を流しながら歩き、それぞれに伊吹山を感じ、いよいよ本番を迎えました。


伊吹山の魅力と課題を語らい、保全再生の仲間を広げる

吉澤:本日モデレーターを務めさせていただきます、JR東海conomichiプロデューサーの吉澤です。今回は「訪れることで土地が豊かになっていく新しい旅のかたち=リジェネラティブツーリズム」の視点を取り入れながら、伊吹山の自然をどうすれば人の心を動かす物語やブランドにできるのかを掘り下げていきたいと思います。

本日は、それぞれの分野で活躍されている3人のゲストをお迎えし、伊吹山の麓からこれからの豊かさのヒントを探す特別な時間にしていければと考えています。それでは、高橋さんからお一人ずつ自己紹介をお願いします。
 

「ユウスゲと貴重植物を守り育てる会」と「霊峰伊吹 山の会」代表の髙橋滝治郎さん


髙橋:私は伊吹山のふもとで生まれ、暮らしながら植生保全をしています。伊吹山は標高は1377メートルでそこまで高くはないんですが、植生がとても豊かで頂上の花畑は国の天然記念物に指定されています。

ただ、近年では鹿の食害が深刻で、山肌が見えてしまうほど裸地化が進んでしまっています。そこで、毎月観察会を開催していて、多くの方に見てもらいながら、魅力と課題をお伝えする活動をしています。また、資生堂さんや平和堂さんなど企業さんの支援もいただきながら、山の三合目付近に金属柵を作って鹿の食害を防いだり、子どもたちと一緒に植物の再生活動にも取り組んでいます。その他にも、ススキの仲間である苅安を使った草木染めや、登山道の補修なども行い、山の植生の保全や登山道の修復など伊吹山の再生全体に関わる活動をしています。

懸命な保全活動のおかげで、7月下旬に見ごろを迎えるユウスゲの群生。「ユウスゲと貴重植物を守り育てる会」の観察会で楽しむことができます。


森を「薬草」で価値化し、森を守る

「日本草木研究所」主宰の古谷知華さん


古谷:私たち「日本草木研究所」は「森を食の切り口から高付加価値化する」ことをテーマに活動しています。日本は、国土の7割を森林が占めるにもかかわらず、一次産業の規模はたった5000億円しかないんです。林業はここ50年で3分の1に縮小し、稼ぎ方も木を切るかキノコを育てるか、2種類しかないという特殊な業界。そんな産業に「第三の儲け方」を作ろう!という挑戦をしています。

そこで注目しているのが、在来のスパイスやハーブです。少量でも高付加価値があり、日本の森にはコショウやピンクカルダモン、シナモンなど、世界市場でも十分通用する素材が眠っているんです。2021年に「日本草木研究所」を立ち上げ、いまでは北海道から沖縄まで25地域以上の若手林業者と連携し、それぞれの土地で在来のスパイスやハーブを生産していただいています。

森の素材をスパイスとして活用すれば、林業に比べてはるかに高い価値を生むことができます。杉は60年育てても丸太1本5000円ですが、山椒は1キロ7000円以上。実際に副業で収入が20%アップした方や、50万円の売上につながった方もいます。買ってくださるのは有名レストランや一流ホテルが多いですが、今後はメーカーへも広げ、日本のスパイスを広めたいと考えています。

たとえばクラフトジンに欠かせないジュニパーベリー。日本にも在来種があり、もし輸入を国産に切り替えれば、それだけで年間15億円が山に還元される可能性があります。今、世界的には「ローカルこそがラグジュアリー」という流れがあります。だからこそ、日本の森からスパイスを発信することは、企業にとっても付加価値になっていくと思うんです。私たちは『植林からスパイス栽培へ』。スパイス栽培そのものが新しい植林となるような、新しい林業の常識を作っていきたいと思っています。
 

訪れることで地域がより豊かに再生する「リジェネラティブ」な旅を編集

石塚:Harch(ハーチ)株式会社で編集者・ライターをしています。特に、サステナブルな旅を発信する「Livhub(リブハブ)」を担当してきました。「サステナブル」という言葉は、「やらなきゃいけないこと」という窮屈なイメージで捉えられがちですが、僕が大切にしているのは「楽しくて、手触り感のあるサステナブル」。旅を通じて、地域の文化や自然、未来や過去を考え、自然や資源の循環を考慮しながら、お金だけではない「心」の豊かさを感じる。これがいわゆる「サスティナブルツーリズム」です。

最近は「リジェネラティブツーリズム」という言葉も出てきました。「リジェネラティブ」は「再生する」「繰り返し生み出す」という意味で、観光と組み合わせると「訪れることで自然や地域がより豊かになっていくような観光」を意味します。ちょっと言いにくい言葉なんですが(笑)。

Livhubの具体的なツアー事例を紹介すると、三重県の伊勢志摩での取り組みがあります。真珠養殖で有名な地域ですが、100年以上続く中で養殖ネットが廃棄されているという課題がありました。そこで旅人や漁業者、旅館、住民が一緒に「どうすればいいか」を考えるワークショップを開き、実際に道具を分解・リサイクルしました。こうした活動を3年間続けた結果、今では「漁具から漁具へ」という水平リサイクルが実現し、環境に負担をかけない循環が地域に根づきつつあります。

そのほか広島では、地域の人たちと一緒に登山道を整備し、山頂で絶景を眺めながらお茶会を楽しむツアーを企画。岡山では牡蠣を通して自然の恵みの循環を体験するツアーを準備しています。どれも「リジェネラティブな旅」です。
 


伊吹山の持つ「資源」と「課題」を外にひらき、新たな価値を共創する

吉澤:ありがとうございます。今回、ゲストの皆さんはトークの前に高橋さんのガイドで伊吹山に登頂されました。伊吹山は鹿の食害などで裸地化やそれによる土砂災害などといった課題もある一方で、多様な植生があり、資源としての可能性も大きいと思います。ここをどう価値化していくのかについて、まずは伺いたいと思います。

古谷:日本で「薬草」といえば奈良の「宇陀」そして「伊吹山」というくらい真っ先に想起されるような場所ですから、もっと薬草やハーブを活かしたコンテンツがあってもいいなと。そして、ハーブティーとして売るよりも、ハーブを摘むとか、香りを楽しむとか、体験と組み合わせたツアーがあればおもしろいと思います。また、オーベルジュのような食と宿泊を組み合わせた施設とつなげてもいい。伊吹山はギャルも登っているくらい日常との距離感が近い場所。あんな風に若い人が集まる山なんて他にはないので、関心を広げるチャンスがあると感じます。
 

「これ美味しそう!」 古谷さんの視点で見ると、伊吹山は美味しそうなものがいっぱい。


吉澤:石塚さんはリジェネラティブ、そしてツーリズムの観点から、利用と保全の理想的なバランスについてどうお考えですか?また、利用したいと思っている人がいても、現地の人がそのニーズや可能性に気づいていない場合もあります。他の地域での経験を踏まえて、どのようにお考えですか?

石塚:僕が関わった伊勢志摩の例では、漁師さんは自分たちが長い歴史の中で出してきた廃棄ゴミ(養殖ネット)を恥ずかしいとおっしゃったのですが、あえて「課題」として外に開いた。そうすると、それを旅行者がおもしろがって関心を持ってくれたり、企業から技術の提案が集まってきたんです。なので、こういうことで困っていますという人と、こういうことができますよという人、需要と供給が集まった時に初めてバランスが見えてくるのかなと思って。伊吹山もある段階で「課題を外に開く」ことをしてみると、またおもしろいバランスが見えてくるのではないかなと思います。

吉澤: 「開く」という取り組みについて、高橋さんは伊吹山の三合目で観察会をしたり、イブキジャコウソウを学校で育ててもらったりという活動をしておられますが、地元の方の意識や考え方に変化はありましたか?
髙橋:そうですね。昔は伊吹山と人の暮らしはとても近くて、山から草を取って肥料や飼料に使ったり、仏様に供える花を摘んだり、直接的に恵みを受けていました。でもライフスタイルが変わり、山は「遠い存在」になって、関心も薄れてきています。だからこそ、もう一度山に目を向け、関わりを深めていく必要があると感じています。
その一つが子どもたちです。これからの時代を担う子どもたちに魅力も課題も伝え、原因や背景を考えてもらう。学校でも授業を行い、なぜこうなったのか、自分たちに何ができるのかを一緒に考えてもらっています。子どもが家庭に持ち帰り、家族に話すことで広がっていく。観察会でも、花を説明するだけでなく「なぜこうなったのか」「自分ならどうするか」を一緒に考えてもらう。そういう形で少しずつ地域内外へと関心が広がってきていると感じます。

動植物、食、神話…伊吹山はコンテンツの宝庫。入り口はあなたの「好き」でいい

吉澤:今回、プログラムに参加される方が、伊吹山との関わりを持つ最初のきっかけとして、どのようなものがあるでしょうか?

石塚:伊吹山はストーリーの宝庫なんですよね。たとえば神話ではヤマトタケルの話もあるし、薬草や苅安(※)といった歴史的な素材もある。そうした要素を文化的な切り口で整理すれば、民族学や市民科学のフィールドにもなり得るし、海外の事例ですがツアーに「市民調査」というのを含めて人気のものもあります。「調査」を伊吹山との「関わりしろ」にするのもおもしろいかもしれません。
また薬草もすごく魅力的です。環境保全やリジェネレーションって、環境を直しているつもりが、実は自分自身も内面的に癒やされている—という部分があります。薬草との相性もよく、コンセプトが可視化しやすくなりますし、そういう伝え方もおもしろいかなと思います。
(※苅安…イネ科の植物で古代から黄色染料として使われ、奈良時代の「正倉院文書」にも記載があるほど。)

古谷:「自然と共生しましょう」って言われても、正直すごく難しいと思うんです。だって「好き」にならないと、共生したいなんて思えないですよね。入口はやっぱり「好き」になること。自然が好きだから失いたくない、大事にしたい、可愛いから守りたい— そういう気持ちが始まりだと思います。私自身も最初から「森を守りたい」なんて思ってなくて、「森に美味しいものがあるかも」って食欲で入っただけ(笑)。でもそこから森が好きになって、「なくなったら悲しい」って思うようになったんです。

古谷:都会で暮らしていると森に行く機会が少ないし、ただの景色で終わっちゃうことも多い。でもガイドの話を聞いたり、ちょっと体験を入れたりすると解像度が上がって、「好き」につながる。接点が増えれば自然と守りたい気持ちも育ちます。だから、お勉強として教えるんじゃなくて、食べ物やツアー、宿泊でもいいから、「ただの景色で終わらないきっかけ」、そして頻度を増やすことが大事だと思っています。

髙橋:やっぱり「楽しみから入る」のはとても大事だと思います。伊吹山は四季折々の花や美しい展望があり、昆虫や野鳥、イヌワシまで見られる、本当に魅力の多いフィールドです。まずはそうした魅力を楽しんでもらい、同時に現場を見て課題にも気づいてほしい。そして「なぜこうなったのか」「自分たちにできることは何か」を考えてもらえればと思います。

私たち受け入れる側も、ガイドの育成や仕組みづくりなどまだ不十分な点がありますが、伊吹山は「楽しみ、学び、考える」にふさわしい場だと感じています。ぜひ皆さんにも足を運んで体験していただきたいです。本日はありがとうございました。
あっという間に過ぎた1時間30分。ゲスト3名の視点を通して、伊吹山が歴史や風土、植物や生き物にあふれた豊かな山であることを再認識しました。
特に、「環境を直しているつもりが、実は自分自身も内面的に癒やされている」という言葉が印象的でした。都市に暮らしていても、山の再生は私たちの暮らしに直結しています。けれども、忙しさの中で「自然に生かされていること」を忘れてしまいがちです。「自然の豊かさ」と「自分にとっての豊かさ」はどうつながっていくのか― その「関わりしろ」を、伊吹山を通して探してみませんか。

伊吹山山頂のサラシナショウマ群落。8月中旬から9月初旬、白い穂がそよそよと風に揺れながら、斜面いっぱいに広がる。


髙橋 滝治郎
ユウスゲと貴重植物を守り育てる会 代表
髙橋 滝治郎さん
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伊吹山に見守られ生まれ育って66年。幼少期から裏山の伊吹山でスキー三昧。全国の山々を登山する中でふるさとの伊吹山の素晴らしさを再認識し、近年は伊吹山中腹の三合目や山頂でニホンジカの食害から貴重な植生を守る獣害防止柵設置などの保全活動やガイド、また登山道補修を仲間とともに取り組む。
伊吹山の魅力と地球温暖化の影響等による生態系の深刻な現状を子どもたちなど多くの人たちに伝え考えてもらう活動をしている。

石塚 和人
ハーチ株式会社 Livhub編集部
石塚 和人さん
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ハーチ株式会社が運営する、サステナブルツーリズムで世界をつなぐ旅マガジン「Livhub」の企画・編集・ライティングを担当。
サステナブルツーリズム国際基準に準拠したトレーニングプログラム「the GSTC Professional Certificate in Sustainable Tourism」修了。環境再生医資格保有。神奈川と長野で二拠点居住の実験中。趣味は低山登山と家庭菜園。

古谷 知華
日本草木研究所
古谷 知華さん
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東京大学工学部建築学科を卒業後、広告代理店でのブランディング業務を経て独立。調香やハーブ・スパイスに関する知識を活かし「ともコーラ」を2018年に開発,クラフトコーラの生みの親としてヒット商品に。2021年からは日本の植生に注目し、山に自生する”在来ハーブ&スパイス”のプラットホーム「日本草木研究所」を立ち上げ、林業従事者達と食の切り口から日本の山林資源を高付加価値化する。


conomichiでは

【conomichi(コノミチ)】は、
「co(「共に」を意味する接頭辞)」と「michi(未知・道)」を組み合わせた造語です。

訪れる人と地域が未知なる道を一緒に歩んで元気になっていく、「この道」の先の未知なる価値を共に創り地域に新たな人や想いを運ぶ、そんな姿から名付けました。

今まで知らなかった場所へ出かけて、その地域の風土や歴史・文化にふれ、その地域の人々と共に何かを生み出すこと。そこには好奇心を満たしてくれる体験があふれています。

地域で頑張るプレイヤーの、一風変わったコンテンツの数々。
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