ちょうどいいが いちばんいい。 - 「長泉未来人」を通じた「まちのこれから」について
PROFILE
池田修 長泉町長/こども未来課 宍戸浩 課長
静岡県長泉町
「子育て支援の充実したまち」として、全国から注目を集めている静岡県長泉町。このまちでは数年前から、まちの未来の人材に焦点を当てた「長泉未来人」という取り組みが始まりました。
静岡県東部に位置し、新幹線による首都圏へのアクセスと、ちょうど良い自然環境のある長泉町。「子育て支援の充実したまち」として、全国から注目を集めている自治体です。特に全国で地域創生と叫ばれている中、子育て世代の転入者が多く、人口が増え続けているという一般的な地域課題とは逆をいく特色を持ちます。実は、50年前から先進的な子育て支援を長年続けてきた長泉町。さらにまちの可能性を広げるため、未来の人材に焦点を当てた「長泉未来人」の取組みが2018年から行われています。
【長泉未来人応援事業奨励金】
長泉町では、まちの未来を担う人材のことを「未来人(ミライビト)」と呼び、まちで育った若者が大学などを卒業後、まちに定住し、5年以上正規雇用で働いた人に対して奨励金を交付しています。
【定住のための新幹線通学支援補助金事業】
JR三島駅から新幹線(原則として100㎞以上)を利用して、大学や専門学校などに通学する学生に、新幹線定期券購入費用の一部(月額最大2万円)を補助。※長泉未来人定住応援事業にエントリーしている人が対象
conomichiが共創していく、「長泉未来人」を通じた「まちのこれから」ついて、池田修(いけだおさむ)長泉町長と「こども未来課」宍戸浩(ししどひろし)課長のお二人に話を伺いました。
未来人の事業の目的は、まちに関わる世代の年齢を下げ人口流出を防ぐこと
—未来人をはじめとする長泉町の取組みについて教えてください。
事業を始めるきっかけは、長泉町の人口ピラミッドを作成したことです。階層人口グラフから、特に20歳から24歳の人口が顕著に少ないことが見て取れました。この世代が町外へ出る理由は、進学・就職など、ライフステージの変化でしょう。就職を考えた時に、自分が勤めたい職場、やりたい仕事への就職をすべて町内で叶えることは、このまちの規模感では限界があると思います。せっかく得たスキルを活かすためにも都会へ出たい気持ちもわかります。長泉町の立地的に、首都圏・中京圏にアクセスが良いので、距離的にも心理的にも転出しやすいけれど、”長泉町から首都圏へ通勤する”という選択肢を入れてほしいというのがまちの思いです。「新幹線通学支援補助」 の制度はその練習であり、“地元から通える“ことを学生の時に実際に経験し、就職先を選ぶ時に長泉町に住みながら働くという現実性を感じてもらえると思います。つまり決して補助金を渡して終わりの子育て支援でなく、若者の人口流出という課題を解決するために考えた施策なのです。補助金対象の学生には、まちのことを知ってもらうために町役場が開催するプロジェクトに年間を通じて参加をしてもらっています。
—事業を始めて反響や成果、町民にもたらした変化はありますか。
町民に広く認知されていなかったこともあり、初年度の申込みは80名程度でした。それが、2023年度は188名に増え、制度が選択肢のひとつとして定着し、これを活用する町民が増えているように感じます。制度開始から5年以上経過し、事業を始めるきっかけとなった20歳から24歳の階層人口グラフを比較すると228名増え、懸念していた人口減少に変化が見られています。
町内から首都圏への通学を選択する学生が増えることで、結果として人口も増えています。制度を実施していなければ、これまでの若者の人口流出の流れと変わらなかったと感じています。
—制度を通して、若者にどんなことを伝えたいですか?
プロジェクトを通じて、まちの未来をつくるプレーヤーが育ってくれればと思っています。大学がたくさんいる都会は別として、10代、20代の年齢層の子たちがまちづくりに関わること自体、ほとんどないと思うのです。多くの場合、30代後半くらいから子育てや地域との関わりを通じてまちに目を向けるようになるのではと感じています。何らかの形で学生がまちと関わりを持つことで、“長泉町って良いまち”を感じ取り、制度を通じて地元に愛着を持ってもらえたら。まちづくりのプレーヤーの練習みたいなことを早い段階でしてもらうことで、若い世代がまちについて考えるきっかけを作りたいです。
職員の背中を見せることで、まちの魅力・楽しみ方を伝えたい
—学生とまちの関わり方にはどんなものがありますか。
「新幹線通学支援補助金」の申請者には、町内で実施される地域活動に参加してもらっています。例えば、まちの特産品をかけ合わせて、町内の商店や企業と学生が一緒に商品開発・販売などPR活動を体験するプログラムが人気です。初回は必ず町長よりまちの良いところや行政サービスについてなどお話し、まちに興味を持ってもらうところからスタートします。恐らく未来人が町民の中で一番まちの状況を知っていますね。事業担当は「こども未来課」ですが、「生涯学習課」が成人式を手伝ってほしいなど、役場全体で考えたものを絞り込んでプログラムにしています。
まちに関わる世代を下げたいという気持ちの他に、役場の職員たちが学生と一緒にプログラムに一生懸命に取り組んでいる背中を見せたいんです。この経験を通して、まちづくりって面白いと思ってくれる子どもたちが現れてくれたらといいなと思っています。
—どのようなまちになっていったら、若者に長泉町を好きになってもらえると思いますか。
プログラムを実施するなかで学生たちから出た要望に対して、すべて実現してあげることはできないけれど、自分たちの思いがちゃんとまちに繋がっていること、関わっている行政(職員)の風通しが良いことを実感してくれたら。まちの課題解決に向けて学生が手伝うことで、やりがいを感じると共に地域での関係性の構築が生まれると思うんです。自分たちの思いを実現するために行動を起こし、それを行政がサポートする、そんな関係を学生が理解すること。プログラムの成功がゴールではなく、そんな過程が大事だと考えています。未来人同士・行政との関係構築、まちづくりに興味を持ってもらえるように、プログラムを通じて次のステップに繋がる成功体験をさせてあげたいです。
—一生懸命に取り組む職員の背中を見てほしいとありました。未来人と接する時に大切にしていることはありますか。
休日に行われるプログラムでは、職員はネクタイをしないでポロシャツや短パンなどのラフなスタイルで参加しています。若者をコントロールしようと来ているわけではなく、人対人として「私たちも楽しんでいるんだよ」そんなスタンスで、学生の話をよく聞き、アドバイスをしてくれています。
型にはまった意見しか出ない雰囲気は避けたいので、「遊ぶ時は一生懸命」を職員は大切にしています。こんなことをしたら面白いねと遊びの要素も取り入れてやっていることに、学生からの共感を得ているのでは。だからこそ学生からも枠にはまらない忌憚のない意見が得られるのだと思います。まちの楽しみ方を話す感覚で、学生と社交的に話せる場を作っています。
“長泉町の魅力を引き出す” 周辺エリアと連携しながら、選ばれるまちを目指す
—若者が自分の住んでいるまちと向き合った時、長泉町はどんなまちなのでしょうか。
「まちに足りないものはなんですか?」と若者に聞いた時に、いわゆる都会にあるようなものが長泉町にはないと。一般的には賑わい創出として、カフェや最先端の図書館などが望まれるのでしょう。それが今、長泉町でできるかといえば厳しいです。この適度な田舎が長泉町の良さなので、町内ですべて完結しなくてもいいと思っています。三島市、沼津市など近隣に足を運ぶなど、周辺エリアを含めて考えてもらえたら。自己完結のまちではないので、無いものに目を向けるのではなく、まちをどう面白くしようかという考え方もありなのでは。周辺エリアと連携しながら、暮らしやすさ、行政が面白いなど、”住むなら長泉町がいい”と選ばれるまちを目指しています。
—選ばれるまちを目指して、町民満足度の高いまちづくりをするための自治体運営について教えてください。
都市基盤整備や防犯灯の設置など、町民の誰もが安心安全に暮らせるよう、生活環境の整備に手が行き届いています。「結果やるのであれば、すぐにやって喜んでもらおう」と、町民からの要望に対して、レスポンスを早くすることを常に心掛けています。人口が何十万人の都市だとなかなか難しいと思うのですが、住民の顔が見える規模感だからこそできるのかなと。「ちょうどいいが いちばんいい」まちのブランドメッセージのように、あまり出しゃばり過ぎず、でも目が行き届き、きめ細かいサポートができているまち。その絶妙なバランスが、長泉町の魅力なのだと思います。
—長泉町が住みやすいと言われる理由の一つに、子育てのしやすさがあると思います。なぜここまで「子育て支援のまち」というブランドを築けたのですか?
元々、長泉町は農業のまちなんです。豊富な水と立地の好条件が揃っていたこともあり、昭和30年代から企業誘致を続けてきた結果、移住者が増加しました。その人たちが安心して暮らしていけるように勤労支援として始めた行政サポートから、長泉町の子育て支援は始まっていると思います。県内で初めてこども医療費補助を実施したのが長泉町でした。「長泉町っていいね」と、出産・子育てをする居住地として選んでくれる2、30代の若年層が増えたことで、自然と赤ちゃんの数も増え、まちが元気になるという好循環が生まれはじめました。
人口が減ってきたから慌てて子育て支援に着手したのではなく、支援を引き継ぎながら長い年月をかけて築いてきたまちづくりの土台があっての住みよい長泉町なのだと思います。
5%ぐらいの尖った人々と新しいことをやる意義
—今までお話を伺ってきましたが、改めて、まちが未来人(まちの若者)に期待することはなんでしょうか。
まちの課題を知ってもらい、「自分は何ができるのだろう」と、自分ごととして考えてほしいです。まちについて同世代へ発信したり、賑やかしでもいいのでまちづくりに参加したり、未来人の枠を越えて仲間を引っ張ってきてほしいですね。活動を通じて、家族以外の大人と関わることで地域コミュニティができることが、大切だと思います。「まちに足りないものはなんですか」と聞いた時にも、「カフェや映画館は、近隣市町へ行けばあるんだから、それでいいよね。そうなると、そこまで行く交通機関が充実するといいね」など、まちを知ったうえで今あるものをポジティブに捉えた意見が学生から挙がりました。現時点で、実現した事例はないのですが、こうした意見をできるだけまちづくりに取り入れたいと思っています。こんなふうに同年層でまちをテーマに議論してもらえたら、まちがいい方向に向かうのでは。「鮎壺公園」や「桃沢野外活動センター」といったにぎわい創出のためにリノベーションしたスポットがあるので、そういったまちの資産の新しい斬新な活用法を、若者ならではの目線で意見を聞かせてほしいです。
—未来人の取組みがさらに盛り上がるために必要なことは。
すごく頑張ってくれる層が少し増えるだけで、周囲に与えるエネルギーってすごいと思っています。リーダー的な人、発想が面白い人。そういうエネルギーを持つエッジの効いた人を未来人から発掘したいです。そして、行動したいと気持ちを奮い起こすきっかけとなるような、若者にとって刺激となる出会いがあるといいですね。例えば、悩んで閉じこもってしまっている時に打開策を見出してくれる、アドバイスをくれたことでガラリと気持ちが切り替えられた。そんな「目からうろこだ」みたいな発想をくれる人の背中を、学生に見せたいです。
「無理」と諦めているまちづくりの理想に対して、学生が、「こんな人がいるんだ!こんな考え方もあるんだ!」と、外部のちょっと尖った人たちとの出会いに刺激を受けて、まちづくりにアイデアと活力を見出してくれたら。
また、若者が面白いことをやりたいと行政に相談した時に、「おう!やろうぜ!」と背中を押す自治体でありたいです。200名程いる未来人の内、毎年5%くらいコアになる子がいるように感じます。事業がなければ出会えてないですし、5%ってすごいですよね。その子たちがまちと繋がり、事業をやってくれたら面白いのでは。自発的に動いてくれている子たちとずっとジョイントしていく仕組みがあるといいなと常々思っています。
ライフスタイルが変化しても、未来人が継続的にまちに関わっていく仕組みづくり
—未来人の取組みについて、どんな展望を描いていますか。
「新幹線通学支援補助金」は将来を見据えた、ライフワークとしてずっとまちに関わっていける活動を見つけてもらうための足がかりとなる制度であり、未来人のプログラムはその入口にすぎません。
単発のイベントや2、3年で完結する取組みではなく、ずっと続けていける取組みができれば、多くの人が関わりどんどんいい方向に広がっていくのでは。現状の未来人のプログラムは、その先へと広がらないという課題があるので、一過性で終わらない面白い仕掛けづくりをしていきたいです。未来人だけの動きに留めず、誰でも関われるものもあってもいいのかな。今後も賑わいの創出に取組み、町民からの意見や要望を汲み取りながら面白いことを広げていきたいです。
—まちと関わっていくという目線でいうと、大学を卒業した後も未来人と繋がっていく予定はありますか。
社会人となった未来人 と未来人の交流会を2024年1月に初めて行いました。新幹線通学における体験談や就職についてなど車座で話してもらったのですが、「今のうちにもっとアクティブにいかなきゃダメだよね」の声が多く聞かれました。未来人が大学を卒業した後の繋がりが今年度からようやくでき始めたところなので、今後も交流の機会を作っていきたいです。
—最後に、長泉町が目指すまちの姿を教えてください。
「長泉町は良いまちですよね」と、他の市町の人たちから言われて、「そうなの?」と、10年くらい前の町民の意識はこんな感じだったんです。それが、「そうなんですよ!うちのまちいいんですよ!」に、最近は変わったと感じています。
自慢してもらいたいんじゃなくて、100点じゃないけど、そこそこ良いまちだなと町民の皆さんに思ってもらいたい。ひとつでもふたつでも良さを実感してもらった上で、「うちのまちいいよ」と言ってもらいたいと思っています。「長泉町っていいね」に対して、「何が良いか」を町民が承知してくれていると、自分のまちにプライドを持ってもらえるのでは。
良いところを正しく伝えられるように情報発信もしていきたいです。でも、まちが押し付けるのではなく、あくまでもまちの良さを実感してもらい、自ら発信してもらえるようなまちづくりを目指したいです。
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