REPORT
2025/10/22

足元の「暮らし直し」から始まる、自然と循環した生き方。伊那谷・イタリアの実践者たちによる里山ガストロノミーとは?【Vol.1初夏編イベントレポート】

長野県の南エリア、2つのアルプスに囲まれ、自然と共にいきる伊那谷・飯田市。

「里山LIFEアカデミー」は、そんな伊那谷で、ローカルでは当たり前の「マルチワーク」からこれからの生き方を学ぶ連続プログラムです。

2025年は、「里山循環と風土形成」をテーマに、里山と人の暮らしが共に豊かになっていくような循環型の生き方を、現地ゲストと外部講師によるレクチャーを交えながら探求していきます。

初夏編では、イタリアで食の起業家として活動されるJIEN LLP共同代表の齋藤由佳子さんを外部講師としてお招きし、世界から見た伊那谷のポテンシャルを読み解きながら、セッションを行いました。

現地ガイドを務めたのは、放置竹林を地域資源へ転換する活動を続ける「NPO法人いなだに竹Links」代表理事・曽根原宗夫さんと、和ハーブや山野草を暮らしの知恵として紹介する、合同会社nom 代表社員の折山尚美さん。

参加者は、全国各地から集まった地域づくりや食に想いを寄せる14名。

今回のツアーでは、「里山ガストロノミー」を体感し、食べることから里山と循環する生き方を考えました。

環境を守りたい、持続可能な地域をつくりたいと思っても、個人でできることは限られていて、大きな課題を前に途方に暮れてしまうこともあります。でも、「食べること」そのものが、循環する暮らしを生み出す力になるとしたら?

▼ 「里山LIFEアカデミーVol.6」イベントレポートはこちら
https://market.jr-central.co.jp/conomichi/report/detail/34

▼地域プレイヤー・折山尚美さんのインタビューはこちら
https://market.jr-central.co.jp/conomichi/interview/detail/18


放置竹林を「メンマ」にして美味しく解決。環境課題へのクリエイティブな向き合い方

6月14日、梅雨入りしたばかりの長野県飯田市。数日前からの雨予報が的中し、朝からざんざん雨が降り続いていました。

そんなあいにくの天候でも、里山LIFEアカデミーでの新たな出会いを求めて、東京都や愛知県、岐阜県など県内外から、14名の参加者が集いました。

まずは、今回の現地ガイドのひとりである曽根原宗夫さんが代表を務める「NPO法人いなだに竹Links」の新たな拠点「百田(ひゃくだ)ベース」へ。

到着すると、古民家の中から曽根原さんと副代表の伊藤隆子さんが迎えてくださいました。


曽根原宗夫さん
NPO法人いなだに竹Links 代表理事 曽根原宗夫さん
1964年、静岡県富士市生まれ。親の転勤で幼少期から飯田市で育つ。23年間にわたって、鵞流峡と呼ばれる渓谷の川下り船頭をつとめる。鵞流峡の放置竹林問題に取り組むため、地域住民とともに「天竜川鵞流峡復活プロジェクト」立ち上げ、約6年をかけて鵞流峡の竹害問題を解決。
その活動がさらに発展し、「NPO法人いなだに竹Links」を立ち上げて現在まで代表をつとめる。その他にも、「純国産メンマプロジェクト」の代表をつとめるなど、竹林整備の実践専門家として、飯田をベースとしながら全国の竹害解決に携わる。

この曽根原さんこそ、全国の里山が直面する課題の一つである、竹林問題を楽しく、美味しく解決することを目指す、伊那谷エリアのキーパーソン。

例えば、竹林整備で採れた筍を伊那谷産メンマ「いなちく」として販売することで、地域課題の解決にもつながる新たな食文化を生み出しています。その功績が認められ、令和5年度には農林水産省大臣官房長賞も受賞。

その活動はメンマづくりにとどまりません。次に案内してくれたのは、「竹炭」づくりの現場。

炭焼き釜を畑の真ん中に置き、竹を燃やして竹炭を作り、その上に竹パウダーを蓋のように被せることで微生物によって竹を分解させ、土に還す取り組みも進めています。

竹チップと近隣牧場の牛糞を混ぜ、肥料にし、土壌改良も行っているとか。

竹炭づくりの様子 竹専用ボイラー

さらに、敷地内に設置した竹専用のボイラーでは、バイオマス燃料として竹を使い、お湯を沸かしています。

そのお湯は、曽根原さんたちが商品開発した「いなちく」を茹でるために使っているそう。

非常に繁殖力が高く、一度根付くと広範囲に広がってしまう竹を、資源として捉え、商品として利活用。

さらに土へと循環させている曽根原さんの取り組みから、地域課題へのクリエイティブな向き合い方を学びました。

昨年の里山LIFEアカデミーでも現地ゲストを務めて下さった曽根原さんの詳しい活動は、インタビュー記事でもご覧いただけます。
▼NPO法人いなだに竹Links 代表理事 曽根原宗夫さんのインタビューはこちら
https://market.jr-central.co.jp/conomichi/interview/detail/15


「知っている」ことが価値になる。山野草が教えてくれる風土の知恵

続いて、もうひとりの現地ゲストである折山尚美さんが営む「プラントベースキッチン つきのいえ」へと向かいました。

到着すると、山野草をふんだんにあしらったテーブルセッティングが施されており、参加者から「わあ!」という歓声が。

折山さんは、色とりどりの山野草が盛りつけられた大皿を手に、「これは今朝、庭で摘んできたものです」と一つひとつ丁寧に紹介。5年間耕していない庭に自生したもので、いわゆる「ワイルドハーブ」と呼ばれます。

山野草のテーブルセッティング 庭で摘んだ山野草の料理 つきのいえの様子

クロモジと紅大根を入れて炊いたご飯、山野草たっぷりのスープ、地元のお母さんの手による仕出し弁当、いわなの塩焼きなど、テーブルいっぱいに並べられた料理はどれも自然の恵みを感じさせるものばかり。

「山野草を薬味のように、自由に料理と合わせて味わってください」と折山さん。最初は少し戸惑いながらも、参加者たちは一口ずつ、山野草のさまざまな風味を楽しんでいました。

「動物って、草とか土も食べるんです。それは、自分の体に必要なものだって本能でわかっているから。人間も同じで、体が欲してるものって、食べてみると『美味しい』って感じるんです」。

幼少期に祖父母と共に過ごした湯治場で季節ごとに旬な川魚や山野草を食べる暮らしをしてきた折山さん。

病院の事務を経てカフェやエステを運営していましたが、「疲れを癒すことはできても、根本的に体を変えられない」と気づき、日常の中で自然とともに体を整える方法として、山野草やハーブに関心を持つようになったといいます。

山野草料理の様子

「たとえば『土のスープ』があったとします。それって、500円とも5万円ともいえるんです。それは値段があるようで、実は相場がないもの。地域には、そういう相場がないものがまだまだたくさん眠っている。だからこそ、その価値を決めるのは、地域に暮らす私たちなんだと思います」。

知ること、親しむこと、そして暮らしに活かすこと。それが風土の知恵となり、地域の資源を輝かせるのだと気づかせてくれる時間でした。

折山さんも、昨年の「里山LIFEアカデミー」でも現地ゲストとして登場してくださいました。

▼ 合同会社nom 代表社員 折山尚美さんのインタビュー記事はこちら

https://market.jr-central.co.jp/conomichi/interview/detail/18


竹籠包の写真
お昼ご飯の時には、曽根原さんが開発中という「竹籠包」も振舞われた。器ごと食べられる小籠包は見た目も画期的!

生命(いのち)を再生する食と土の価値を、イタリアと日本から掘り起こす

伊那谷に眠る山野草の価値を引き出そうとしている折山さんのお話の後は、前日にイタリアから飯田市入りした齋藤由佳子さんとともに、グローバルな目線で伊那谷のポテンシャルをさらに見つめていく時間へ。

東京生まれの齋藤さんは、東日本大震災をきっかけに、それまでの多忙な会社員生活を見直し、自身と幼い子どもたちの将来を考えるようになります。

2012年に家族で欧州へ移住し、2014年にはイタリア・ミラノにて、食文化教育ベンチャー「GEN(ゲン)」を設立。地域に根ざした伝統食や発酵文化を通して、人と土地、文化をつなぐ取り組みを続けてきました。

齋藤由佳子さんの写真
JIEN LLP共同代表の齋藤由佳子さん。2016年には Forbes JAPAN「世界で闘う日本の女性55人」、2020年には社会貢献に寄与したビジネスリーダーに贈られる「シーバスリーガル ゴールドシグネチャー・アワード」で、初の女性社会起業家として選出。

齋藤さんが活動の軸に据えるのは、食べ物が持つ「エネルギー」。

「カロリーや栄養素の話ではなく、食には人の心や身体を温め、生きる力を呼び覚ますような本質的な力があると思っています」。その力を感じる体験や場づくりを、食を通して各地で創出しています。

活動の根底にあるのは「当たり前を発見すること」。その土地に根づく人を「土の人」、外から関わる人を「風の人」と表現することがありますが、自身も「風の人」として地域に入り込むことで、地域の日常に潜む価値を掘り起こしています。

具体的には、自身を「教育プロバイダー」と位置付け、地域に根ざした食文化の教育や人づくり、地域の誇り(ローカルプライド)の醸成を「市民共創型」で展開しています。


齋藤さんの取り組みは食分野に留まりません。

食を入り口に活動するなかで、建築や発酵食品、さらにそれらを育む「空間」にも意識が広がり、発酵食品の蔵にある土壁や桶、木材など、すべてが微生物と共に生きていると気づいたのだといいます。

「発酵は食だけでなく空間そのものにも関わっている。これが日本の発酵文化のすごさだと、海外の人たちと関わる中で改めて実感しました」。

そして最終的に辿り着いたテーマは「土」。

現在は日本とイタリアを行き来しながら、長野県軽井沢町を拠点に活動する建築家・遠野未来さんとともに、社会的協同組合「JIEN LLP(ジエン エルエルピー)」を立ち上げ、土を再生する発酵トイレの開発や、生態系をよみがえらせる建築プロジェクトにも取り組んでいます。

齋藤さんが語る「エネルギーを循環させる食」と「その根源である土」は、ローカルとグローバルの共通項であり、参加者の見方を広げてくれる視点だったのではないでしょうか。

テラプレタの説明風景
土を生かした技術は世界各地にあり、例えば、曽根原さんが取り組む竹炭での土壌改良は、古代アマゾンから続く技術で「テラプレタ」と呼ばれていると齋藤さんは教えてくれた。

循環する暮らしの第一歩は、自分と環境のつながりを再認識することから

齋藤さんをファシリテーターに、曽根原さんと折山さんを迎えて行われたディスカッションでは、参加者からの質問も交えながら、「循環する暮らし」や「地域資源の活用」について意見が交わされました。


「虫も植物も、そして自分の体さえも本来は土に還るのに、現代の私たちは、体も糞尿も大地に還っていない。それって、生きものとして情けないと思ったんです」。

「土に還る」ことをテーマに、地域資源を活かした暮らしや事業に取り組む折山さんは、現代の便利な暮らしの問題点を投げかけます。

それに対して、発酵トイレを手がける齋藤さんも、「自然の循環を断ち切らないことが大事だと思う」と共感。

では、自然と自分自身のつながりを感じるため、どのような意識が必要でしょうか?折山さんは自然環境を「主観的」に捉える重要性を語ります。

「住んでいる街や日々目にする里山のような場所が荒れていたとして、それらが全部自分の部屋だと思ったら、自分に無関係だとは思わずにきっと何かしたくなると思うんです」


曽根原さんの活動風景

元は川下りの船頭だった曽根原さんは、まさに自分の「庭」のように愛してきた天竜川がごみの不法投棄で汚れていくのを見て竹林整備を始めました。

ただ、闇雲にではなく、問題の核心を捉えることも必要だと曽根原さん。

「船頭をしていたころ、河岸に捨てられているごみを片付けることに10年間がむしゃらになったが、解決の道が全く見えなかった。そこで課題の根本を捉え直す中で、竹林が手入れされていたらごみは捨てられない。要するに『捨ててもいい環境』ができてしまっているのが問題の根本だということに気づいたんです」。

その上で活動を継続させる秘訣は、「やってみたら楽しかった、だったらそれを続けよう」。曽根原さんのという自然なあり方は、私たちの暮らしや活動にヒントを与えてくれました。

そしてプログラムの終盤には、会場全体での対話セッションが設けられ、参加された方々から実践者へ、切実な問いがいくつも投げかけられました。

例えば、

  • 「地域づくりにおいて欠かせない郷土愛を、移住者やよそ者だけでなく地元住民にも広げていくには?」
  • 「安曇野でITと農業のマルチワークに取り組んでいる。農薬に頼らずに無理なく続けられる持続可能な農のあり方とは?」
  • 「個々の頑張りを超えて、地域が一体になって問題解決に取り組むには?」

印象的だったのは、3人のゲストがそうであったように、地域を自分ごととして捉えて、より良くしていくためにもがいているからこそ紡がれる、切実な問いばかりだったことでした。

「誰かがやってくれるだろう」と無関心でいるのではなく、自ら動くこと。

それは義務ではなく、喜びや楽しさ、地域への愛着から始まるのかもしれません。

3人のゲストと、参加された皆さんの語らいを聞いて、そんな確かな実感を得る対話セッションになりました。


取材後記:「誰かの愛着」が見過ごされたものに意味や価値を与える

竹を厄介者としてでなく、里山の恵みとして捉える曽根原さん。必ずしも価値あるものとしてみられていない山野草が持つ価値を見つめ直し、料理を通して価値の再編集に取り組む折山さん。そして、どこにでも当たり前にある土が持つ深い可能性に着目し、教育プログラムや建築に落とし込む齋藤さん。

それぞれに深い愛着を持っている3人の姿から伝わってきたのは、素材そのものに価値があるというよりも、「誰かの愛着」が、その対象に意味や価値を与えていくのだということでした。

地域にある環境課題も、そうした「愛着」を通すことで、義務ではなく、足元の暮らしの一部として向き合っていけるのではないか、そんな希望を感じられるツアーとなりました。

まずは、身近な地域や暮らしを知り、愛すること。食べることもそのひとつです。それが、環境問題の解決の第一歩なのかもしれません。今回感じたローカルな課題も、視野を広げればグローバルな課題とつながっている。

伊那谷の里山で過ごしたこの1日は、地球はつながっていることを身体で感じる時間となりました。


執筆:田中聡子

写真:小原和也

編集:北埜航太



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