REPORT
2026/01/30

工場はどこまで“メディア”になれるのか?―ブランドを表現する体験デザインの実践論― 【I-OPEN Central ISHIKAWA Session】開催レポート

日 程
8/19
場 所
石川県
主 催
中部経済産業局 共催:石川県

時代の変化が加速する中で必要な新しい挑戦、長年守ってきた技術や伝統をどう未来へと繋いでいくか、そして事業を継ぐ者として、あるいは新規事業を担う者として、その突破口はどこにあるのか——。
 

社会の大きな変化の背景には、常にさまざまな技術や資源を創造的な視点で読み解き、価値観のパラダイムシフトを巻き起こしていく人の姿があります。I-OPEN Centralは、中部地域で未来を切りひらく「仲間」と出会い、想いと創造力を起点に、新たな一歩を踏み出すプロジェクト。
 

今回のI-OPEN Central ISHIKAWA Sessionは、製造のプロセスを公開し、人を招き入れることで、生産拠点を単なる工場からブランドの世界観を体現する“"メディア”"へと昇華させた、北陸の二人の実践者を招いて開催。
 

情報があふれる現代において、人々が求めるのはスペックや価格だけではありません。その場にある空気感や作り手の息遣いが五感を揺さぶる本物の体験。そんな“体験の価値”を通してブランドの物語を紡いでいるのが、今回の登壇者である二人です。

デザインの裏側にある思想、美学、そして地域文化と共に描く未来とは——。工場見学の後に行われた、トークセッションをレポートします。

INDEX

  • ブランドを表現する体験デザインの実践論
  • 知ってもらうことで価値を高めるブランディングに力を入れる
  • 曾祖父が蒸留した1960年のウイスキーに感動して
  • 課題は“見せてこなかった”ことだと痛感。そこからの躍進
  • 苦境からの脱却に、転機を生む
  • 見せることはするけれど、見せ物にはしない。記憶に残るリアルを伝える
  • 見せながら説明できる、見せ方にこだわる
  • 必ず自身にも返ってくる。メディア化は未来への投資
  • 職場環境、従業員のモチベーション、採用——。見せることで生まれる好循環
  • 地域に根ざし、仲間とともに価値を押し上げる
  • そのとき生きなくても、経験はどこかでつながる


 

 

「KAJI FACTORY PARK」のファクトリーツアーを経て、トークセッションへ

ブランドを表現する体験デザインの実践論

吉澤:みなさま、こんにちは。本日モデレーターを務めさせていただきます、吉澤です。I-OPEN Centralは地域が抱える社会課題に焦点を当て、誰かの助けになりたい、社会をより良くしたい、そんな思いと創造力を起点に、個人、企業、自治体が立場や役割を超えて未来を切りひらく取り組みを支援する中部経済産業局のプロジェクトです。本日のセッションは、主催の中部経済産業局に加えて、JR東海のコノミチとアトツギスタートアップ共創コミュニティタキビコの共同開催となっております。すでに「KAJI FACTORY PARK」でファクトリーツアーを楽しんでいただけたと思いますが、いかがでしたでしょうか。このあとはセッションに移っていきたいと思います。ではさっそくですが、ゲストのご紹介をさせていただきます。「カジグループ」代表取締役社長の梶政隆さんと、若鶴酒造代表取締役社長 兼 CEO、三郎丸蒸留所マスターブレンダー 兼 マネージャーの稲垣貴彦さんです。自己紹介をお願いします。
 

「カジグループ」代表取締役社長の梶政隆さん

梶:大阪の商社のアパレル部で6年間働いて、僕は3代目としてカジグループに戻ってまいりました。今年4月に産業観光施設「KAJI FACTORY PARK」を石川県かほく市にオープンさせまして、今社員のみんなでこの地域を盛り上げるために頑張っています。今日は来ていただきまして、本当にありがとうございます。

 

若鶴酒造代表取締役社長 兼 CEO、三郎丸蒸留所マスターブレンダー 兼 マネージャーの稲垣貴彦さん

稲垣:若鶴酒造、三郎丸蒸留所から参りました稲垣貴彦と申します。大学は経済学部だったんですけれど、その後、東京で外資系のIT企業におりまして、2015年に実家である富山県に戻りました。若鶴酒造では、曾祖父が70年前にウイスキー事業を始めたんですけれども、戻ったタイミングでそれを再興しようということで、三郎蒸留所をクラウドファンディングで再生しました。日本酒とウイスキーの両方をやっていますが、私が入ったときは9割が日本酒だったのが、今は8割がウイスキーの会社になりました。今日はよろしくお願いいたします。


吉澤:本日のトークセッションのテーマは、「ブランドを表現する体験デザインの実践論」という形で進めさせていただきます。


知ってもらうことで価値を高めるブランディングに力を入れる

梶:「KAJI FACTORY PARK」はちょうど石川県の真ん中ぐらいにあります。弊社は「梶製作所」という機械の会社が祖業になっていまして、私の祖父が梶製作所を立ち上げたのは昭和9年です。機械の会社から創業して、それから繊維の仕事に入ってきました。糸加工を行う「カジナイロン」、テキスタイル事業を行い「KAJI FACTORY PARK」の運営も行う「カジレーネ」、ニットを扱う「カジニット」などいくつかの会社があります。また、テキスタイルブランドをやっている「カジフ」という事業部があり、そこからさらに、カジフの生地を、製品を通じて広めるという目的で生まれた製品ブランド事業に「TO&FRO」、「K-3B」があります。梶製作所は同じものばかりを量産するのではなくて、お客様のニーズに合わせた生地をオーダーで作っているのが特徴です。

「KAJI FACTORY PARK」内のショップ。カジグループから様々な製品が生まれている


梶:「KAJI FACTORY PARK」の主目的は、カジフのテキスタイルブランディングを昇華させることです。僕らは生地をアパレルに納める黒子として生きてきましたが、やはり生地があって製品があるということを、材料メーカーとして発信していかないと、なかなか価値が上がっていきません。弊社には「79 KAJI」という言葉があるのですが、79は金の元素番号で、“金のような価値のある生地ブランドになりたい”という思いを込めています。TO&FRO、K-3Bなどの自社の製品ブランドはギンザシックスや表参道ヒルズ、大丸東京店などでも取り扱ってもらっています。格式ある店舗に入らせてもらうことで、日本の繊維産業の技術を世界に向けて発信することもまた、価値を高めるための取り組みです。我々はコーポレートミッションに「日本の繊維を元気にする」ことを掲げています。日本の繊維で世界と戦っていく。日本で今頑張っている仲間たちと繊維業界を盛り上げていきたいという思いを根底に持っています。
 

「KAJI FACTORY PARK」内にも「79KAJI」の文字
 

梶:その上で、「KAJI FACTORY PARK」は、人がたくさん集まり、開発やビジネスの起点となるイノベーションハブにしていけたらと思っています。研修や社会科見学として異業種の方々も来てくださることによって、どんどんイノベーティブな発想が生まれ、イノベーションが起こり、 先々の知的財産につながっていくと考えているからです。そしてもう一点、雇用の面でもハブになりたいという思いがあります。繊維業界は、汚そう、景気が悪そうなどと、とくに若者の間でイメージがよくありません。そんなイメージを払拭し、業界を明るく照らしたいという思いも込めて、「KAJI FACTORY PARK」では老若男女が参加できる縁日など、いろいろな繊維を起点とするイベントも開催しています。小さなお子さんもすごく楽しそうにしてくれて、それらの様子はメディアにもたくさん取り上げられました。石川県が繊維の産地であることを知ってもらい、そして繊維産業に魅力を感じてもらえたらと思っています。


曾祖父が蒸留した1960年のウイスキーに感動して

稲垣:若鶴酒造は文久2年、約160年前に日本酒の酒蔵として始まりました。株式会社になったのは大正7年ですので、会社としては110年。商品は祖業である日本酒のブランドに加えて、今はシングルモルトの「三郎丸」と、新しいブランドとしてブレンデッドウイスキーの「サブ」を出ておりまして、先ほども申し上げた通り、今はウイスキーが主となっております。皆さんが触れたことがあるんじゃないかなというのが、三郎丸蒸留所のスモーキーハイボール。黒い缶のハイボールですけど、2019年発売以来、おかげさまで500万本を超えました。ローソン、セブンイレブン、ファミリーマートといったコンビニにも入っていまして、北海道から沖縄まで販売されています。そんな若鶴酒造のミッションは「地域に拠って世界に立つ」ということ。「Rooted in the local, Standing out to the world」という言葉で、地域に根ざしながらも世界へ存在感を発揮していくことを目指しています。日本酒やジャパニーズウイスキーというのは、海外で作れたらそれは日本酒ではないしジャパニーズウイスキーでもありません。退路を断つまでもなく、日本から世界へと進出していこうと思っております。
 

トークセッションの様子。会場は「KAJI FACTORY PARK」。現地に加えオンライン参加者も多数

稲垣:ウイスキーを再興させようと思ったきっかけは、約10年前に富山県に戻ってきたときに、曾祖父が蒸留した1960年のウイスキーを飲んで非常に感動したことでした。当時は9割が日本酒で1割がウイスキーというような売り上げ構成の会社だったんですけれども、そこからウイスキー蒸留所を再興して、蒸留器を自分で発明したりもしまして、今では約60倍となるまでにウイスキー事業が成長しました。日本酒自体の売り上げは変わっていなくて、全体が大きくなったという感じです。若鶴酒造はJR城端線の油田駅の近くにあります。めちゃめちゃ駅が近いです。多分、世界一近いんじゃないかと思っていまして、お酒を飲む人にとっては楽園のような場所です。「駒田蒸留所へようこそ」という全国で上映されたアニメ映画の舞台にもなりまして、アニメの聖地みたいな感じで、ウイスキーファンの方だけじゃなく、全国からアニメファンの方も訪れてくださいりました。最近ブレンダー室が出来上がりまして、ある意味、私達が日々、極秘中の極秘みたいなブレンドの作業を見ながらブレンドワークショップができるという、ちょっと特別な体験ができる場所も整備しています。

課題は“見せてこなかった”ことだと痛感。そこからの躍進

稲垣:私が戻ったときの蒸留所はボロボロで、雨は漏るし床は抜けるわというような感じの中でウイスキーを作っていまして、非常に危ないというか、社員でさえ蒸溜所蒸留所に近づかない状態でした。もう70年くらいウイスキーを作っているのに、地元の人でさえ私が戻ってきたとき、若鶴はまだウイスキーを作っていたんですか、みたいに言われてしまっていました。やっぱり、見せてこなかったのがよくないなと思いました。2016年当時はクラウドファンディングがまだあまり馴染みがなかったときですが、日本で5番目の調達金額を達成しまして、蒸溜所蒸留所を改修しました。それで今では多くの方が来ていただけるような蒸溜所蒸留所になりました。
 

蒸留所の紹介をする稲垣さん

稲垣:そんな弊社の特徴は、蒸留器にあります。高岡銅器の伝統工芸の技術を使った蒸留器になっていまして、世界で初めての鋳造製なんです。鋳造は、お寺の鐘などがそうですが、砂の型に物を流し込んで作る製法です。従来の蒸留器は、銅の板を曲げて作っていたんですね。それに比べて鋳造で作ると非常に長持ちになるし、エネルギー効率がすごく良くて、二酸化炭素排出量やエネルギー消費量も半分で蒸留できるようになりまして、日本とウイスキーの本場の英国でも特許を取得しています。


苦境からの脱却に、転機を生む

吉澤:それでは、本日のトークテーマ、「工場はどこまで“メディア”になれるのか?」へと入っていきたいと思います。
 

梶:もともと工場(KAJI FACTORY PARK)を建てようと思ったのは、8、9年前に建てなければいけない状況になったというのはありました。そのときのお客様は世界のアウトドア産業の方が多くて、環境規制をちゃんとやっていない会社はだめだという雰囲気が強まるのは、もう目に見えていました。いわゆるSDGs的なところをちゃんとやる工場が必要だったということです。また、協力工場さんもうちの糸が細すぎるので、オーダーを発注しても糸が見えないから織れないみたいなことが度々ありました。僕ら中小企業なので、50年100年後までどう長く続けられるかを日々考える中で、問題なく製造ができる、より優れた工場を建てることが急務でした。なので当初は、実は見せるということは考えていなかったんです。
 

高い技術によって、目に見えないほどにまで細くなったカジナイロンの糸

梶:時を経て、コロナが大きな契機となった。パンデミックが 2020年3月に日本に襲来してきたとき、アメリカや欧米ではどんどん店舗も閉鎖され、欧米のお客様が多い弊社の仕事も恐ろしくなくなっていました。そのときには既に「KAJI FACTORY PARK」の土地を購入し、鉄骨を発注し、社員を40人ほど先に入れていて、人件費も年間1億円以上増えていました。先の見えない恐怖と会社が潰れるかもしれないという状況に、2020年の3月に一度、プロジェクトをやめると決断したんです。それでも特損を出し、同時に新しく雇っていた社員は雇用し続けなければいけないというような状況でした。それで、既存のお客様に死にそうなので仕事をくださいと頭をこすりつけてお願いしても、発注をいただくことはできませんでした。BtoBを主力でやっていたらだめなんだと、強く思った経験でした。自分らで何とかしていくことをやっていかなければいけない。僕らの技術は世界トップクラスであると自負していたのもあり、これはもう、自らの手で切り拓いていかなければいけないと決意しました。
 

「KAJI FACTORY PARK」のきっかけを話す梶さん


梶:いろいろ考えている中で、産業観光において異業種で成功しているところが日本にはたくさんあるなと思いました。それで滋賀県のバームクーヘンをやっているたねやさんを訪れてみたのですが、すごい衝撃を受けた。人もすごいし、バームクーヘンを作っている工程も全部見せていたんです。北海道のコスメのオープンファクトリーでも、コスメなんて秘密そうなものを、オープンで見せていた。そしてそれらは全部、田舎にあるんです。こんなところに人が来るのだろうか、と感じるような場所ばかりなんです。 けれども、人が集まる。稲垣さんのところも訪れて、全部で30カ所くらい、経営者に直接お電話してお会いしに行って、お話を聞いて、繊維で僕らがやるにはどうしたらいいかというのを考えていきました。そして改めて、工場プロジェクトを再開するのであれば、繊維の産業観光をオープンファクトリーでやりたいというふうに心から思い、少し過大投資にはなったかもしれませんが、今ではやってよかったなと感じています。

吉澤:ただ見せるのではなくて、どう魅力をわかってもらうかみたいな、そういう意識をされているなと思ったんですけども、三郎丸蒸留所さんにも見に行かれたと。印象的だったことはありましたか。

梶:ロケーションときれいな水を背景に、それらの自然と一緒に共生・共創しているイメージがすごく伝わってきたことがまずありました。品質がすごくいいんだろうな、美味しいんだろうなっていうのは、もう行ったら雰囲気でわかるんです。工場で作っているのを見なくても美味いだろうなっていうのが最初にインプットされる。それでその奥から、稲垣さんが、まさにこの雰囲気でニコニコって出てきて、いい人だなっていうのがありましたね。

稲垣:うちは水汲み場があって、一般の人でもうちの仕込み水を汲んで帰れるんです。酒蔵って大量の水を使う事業なので、それを独占するのではなくて、地域の人に開かれた場所にしたいなと思ってそうしています。

吉澤:なるほど。開かれた場所は、確かに印象的で入りやすさもありますよね。

梶:僕らも「KAJI FACTORY PARK」の土地を最初に買ったときは、今の半分くらいだけだったんですけど、買い増ししました。なぜなら公園に力を入れたいと思ったから。オープンファクトリーといってもやっぱり工場は敷居が高い。もっと地域と親和性を持たそうと思ったときに、子供たちが平日だったら夕方とか、夏だったら水遊びとか、いつも集ってくれて遊んでくれて、それを親御さんが温かい目で見守るその先に工場が見られるような感じにしたかったんですね。この先50年、100年とやっていくと決めたからには、やっぱり地域の方々の理解をもとに一緒にやっていく必要があります。地域説明会のときに、桜の名所がないので桜をいっぱい植えてくれませんかと言われて、79本植えることもしました。公園だけで5億円以上かけています。もともとロケーションとして恵まれた場所ではなかったので、作り込んでいかないといけないぞと思い、桜だけでなくオリーブの木などもそうなのですが、一つひとつにこだわって取り組んでいった感じです。
 

立派なオリーブの木もこだわりの表れ

吉澤:自分たちが持っている繊維っていうものプラス、違うものもちゃんと体験価値として作っていったということですね。

見せることはするけれど、見せ物にはしない。記憶に残るリアルを伝える

吉澤:三郎丸蒸留所は、リニューアルして開かれた場所にしていくために意識されたことやこだわっていったことはありますか。

稲垣:見せることはするけれど、見せ物にはしない、というところはすごくこだわりました。あくまでも魅了してやろうって感じで、主体は製造のリアルを伝えるっていうところにすごくこだわりました。そのリアルを伝えるためにどうすればいいかというと、人間の記憶って触ったり、匂いを感じたり、五感をフル活用すると忘れないんですよね。蒸留所ってすごく暑い。暑いですけど、あえてそれを快適にガラスで仕切ってしまうのではなく、つなげてあげることで蒸留の熱であったり、蒸留器が稼働している音だったり、発酵の香りだったりっていうのを感じていただく。そこがやっぱり、実際にリアルな体験になるし、忘れられないものになるのかなっていうことで、作られた見せ物じゃなくて、リアルをそのままダイレクトに伝えるということを大切にしていました。
 

モデレーターの発言に注視する二人

吉澤:本物をしっかり伝えていくといったところだと思うんですけど、その中でも一番見せていっているところはどこですか。

稲垣:ウイスキーの蒸留所で一番の花形はポットスチル、つまり蒸留器です。蒸留器は形によって味が変わると言われています。例えば、首が非常に長くて細いものだと味が軽いものになるし、太くて短いと味がリッチなものになります。各蒸留所のスタイルを表しているのがまさに蒸留器なんです。ただ、いきなり蒸留器だけあってもよくわからないですよね。蒸留は熟成の前の工程なのですが、最初の原料が入ってきてどう処理がされてという工程もちゃんと見せなきゃいけない。以前は見せることを意識していないので、製造動線とか見学動線とかもぐちゃぐちゃで。それを制限がある中でどう構築するかというところは、ものすごくこだわりました。結果、図面が引けるようになって、図面が引けることで蒸留器も発明できたんです。

吉澤:そこはデザイナーさんに任せるっていうよりは自分で入っていくといった感じですか。 

稲垣:ブレンダー室を作る前までは建築家と仕事をしたことがなくて、建築会社と図面を引きながらやっていた感じです。蒸留所を直すときは現場監督さんがかわいがってくれて、 CADのソフトの使い方を教えてくれました。リニューアル中は毎日現場に行き、日々どうやったらよりいろんな角度から見られるかとかを考えていました。まっすぐな通路だといろんな角度から見ることができないからジグザグにしてやろうとか、現場で見ながら図面で変えてということを日々やっていましたね。

見せながら説明できる、見せ方にこだわる

梶:僕の場合、実際のリアルな現場を見せながら説明できるってすごく大事だなって。日本の繊維を元気にすることをビジョンとしてやっているわけですけど、日本の産地を全部知っているのかって言われたときに、繊維業界の人も日本の繊維産地を全部語れるかといったら誰も喋れないようなところがある。僕自身も、実はこれを作るまで全然知りませんでした。実際には、日本にはたくさんの生産地があるし、産地ごとの歴史やもの作りの特徴があります。それが、うちの会社に来れば日本の生地の産地が全部見られます。そうすることによって、各繊維産地の人が訪れてくれて、違う産地とのコラボレーションも生まれていく、そういうふうな見せ方にこだわっています。

吉澤:いろんな産地の生地が置いてあって触れるって、結構新しいですね。

梶:繊維業界やアパレルの人はみんなびっくりします。日本の繊維産地の生地を見ながら歩いていくと、さっき稲垣さんが言われたように、実際にライブで織っているのが見られる流れになっています。織りはとてもうるさいけど、ガラスをなくして匂いや音、迫力などをできるだけ五感で感じてほしいと思っています。

必ず自身にも返ってくる。メディア化は未来への投資

吉澤:体験への投資と覚悟ということで、なぜ今、工場をメディア化するのかというテーマに移っていきたいと思います。投資としては生産性を上げていくのとは違う判断だったのかなと思うんですけども、どういう観点・思いでやられてきたのですか。

稲垣:ウイスキーをずっとやってきたのに見せてこなかった。その結果、地元でさえ弊社がウイスキーを作っていることを知らない上に、社員でさえもその場所にあまり近づこうとしない。そうなるとどうなってくかっていうと、すごく荒れるんです、工場が。見られていないときちっと整頓もしなくなってしまう。一つひとつの仕事がどうしても疎かになってしまう。もの作りっていうのは、ただものを出せばいいだけじゃなくて、そのプロセスまで含めて胸を張れるものじゃないといけないと思って、オープン化を目指しました。
 

生産性とは異なる投資への決意はどこに?

稲垣:参考になったのはスコットランド。スコットランドではウイスキー蒸留所の見学は一つの観光資源です。むしろスコットランドは、産業としては羊とウイスキーと観光しかなくて、観光が占める割合がとても大きいんです。例えば、スモーキーなウイスキーを作っているアイラ島には、世界中から人が訪れる。その結果、その地にお金も落ちるし、飲食もするし宿泊もするし、ウイスキーもたくさん買ってもらえる。そして、それをまた各々がホームに戻ったときに伝えてくれるものです。工場見学はただのコマーシャルではなくて、実際に自分たちが売っているものの単価にも跳ね返ってきます。働いている人のロイヤリティが影響してくるわけですから、ある意味PLではなくてBSで考えて、 将来に積み重ねる資産として投資をしているという感じです。


吉澤:設備をいれていくにあたっては融資を受けたりとかもあると思いますが、そういうときは、どう説明をされているんですか。
 
稲垣:弊社はありがたいことに3万3000人の方が来られていて、その方々たちがだいたい1人当たり約5000円弱のお金を使ってくださっている。つまり1億5000万円くらいの観光に関わる収入があるんですね。そういう中でもっと投資をしていけば、どんどん人も来てくれるというところで、パッションと数字で説明しています。今すぐに結果が出てなくても、目指すところを持ってやらなきゃいけない。梶さんの場合30万人を目指されていると思いますし、僕だったらまずは10万人を目指して、あとは一人ひとりに価値を感じていただいて、お金をお支払いいただくというところを目指しています。


職場環境、従業員のモチベーション、採用——。見せることで生まれる好循環

吉澤:梶さんはいかがですか。
 
梶:今回の投資は70億円くらい。ただもちろん、産業観光だけでそんなにお金かけているわけじゃなくて、織機を160台増設したところが一番のポイントです。160台増設することによる利益効果が一番の返済原資。仕事を取り続けないとだめだっていうのはあるんですけど、それがまずベースです。見せることでブランディングが成功したとして、何をもって成功かなんですけども、やっぱりちゃんと価値に変えていくっていうことがすごく大事だと思っています。生地の値段をちゃんと上げていく。今まで1000円で売っていた生地だとするならば1100円で売れるようになってくると、年間1000万メートル作っているので100億円収益上がるということです。それを10年計画として銀行に見せて、カジフというテキスタイルブランディングをしっかりやっていくために、ベースは産業観光というオープンファクトリー化を進める。また、稲垣さんもおっしゃるように、見せることで従業員の所作とか挨拶、ユニフォームまで含め、仕事の基本の基がどんどん良くなっていく。「KAJI FACTORY PARK」で働いている社員がそうなると、グループ会社にも伝播していくと思います。オープンファクトリーにすると技術を盗まれませんか、とかいろんな方から言われますけれど、得ることのほうがすごく大きいとやっていて実感します。
 

吉澤:今のお話を聞いて、採用にも生きてくるんじゃないかなと思ったんですけど、いかがですか。 
 

梶:採用は爆発的に変わりました。来春の募集をかけたらびっくりするくらいの人が来ました。けど、ここに入りたいって言われてしまうので。製作所は嫌ですとかね。そういうことは往々にしてあるのですけど、やっぱり来てもらわない限り話は始まらないですし、グループ内でジョブローテーションをして、それがうまく回っていけば社員が増えて、同時に社員の質も上がるんじゃないかと思っています。
 

吉澤:稲垣さんも採用の話で頷かれていたんですけど、採用にもやっぱり生きてきましたか。
 

稲垣:弊社は新卒というよりも中途採用がメインなのですけど、見学した方が応募してくることが多いです。ある程度弊社のことも知ってくださっているし、ミスマッチが少なくなっていると感じますね。弊社は結構特殊な業態なので、僕より何か得意なことが一つでもあれば採用するという基準でやっていて、みんなを採用できるわけではないんですけれども、応募はたくさんいただいています。


地域に根ざし、仲間とともに価値を押し上げる

吉澤:地域資源を輝かせるリデザイン、伝統産業の新たな価値創造ということで、お2人から地域に根ざしている伝統産業でどうやって価値を創造していくのか、し続けていくのかというところをいろいろお聞きしていきたいなと思っております。

梶:石川県は、諸説ありますが400年くらい前から絹織物の産地になって、今、生き残っている会社は本当に特筆すべき会社ばかりで、細い糸からむちゃくちゃ太い糸まで織ったり編んだり、ほとんど世界に通用する会社ばかりですし、実際皆さんそれなりの特許を持っています。しかしながら、それが産地として何か力を合わせてないみたいなのがまだまだというところです。和歌山やデニムで有名な岡山とか、繊維産地でもいろいろあって、そういうところともしっかりつながって日本の繊維を盛り上げていかなければいけないなというふうに思っています。SNSだとなかなか本質的なつながりってできなくて、でも「KAJI FACTORY PARK」のような場所があれば、一緒にファッションショーやろうよとか、一緒に共同展示会やろうよとか、場所とアイデアさえあればいろんなイベントができます。日本の繊維業界のメンバーがまとまって、世界に日本の繊維はすごいぞって発信していくところまでやりたいと思っていますね。今までは隣の会社が500円でやったらこっちは480円で……というようなことをやっていましたけども、時代は変わり、今はどこを向いて仕事しているのかを見極めながら協力してやっていこうとしているところです。

吉澤:他の業界とか業種みたいなところとこういう協力をもっとしていったらいいんじゃないかみたいなことってお考えですか。 

梶:もちろんです。実は今日も、梶さんの生地を壁紙にしませんかってこの場所で言っていただきました。僕らが知らないマッチング、組み合わせというのは、本当に人と会うことじゃないとなかなかできないと思うのです。僕らには壁紙という発想はありませんでしたから。やっぱりオープンにしておかないとなっていうのを実感しますね。

吉澤:偶然出た会話とか、それをしっかり生かしていくためにも、工場をオープンにして、そういう場所を作っているのですね。

梶:そうですね。やっぱり胸襟を開かないとですね。 

そのとき生きなくても、経験はどこかでつながる

吉澤:では稲垣さんにお聞きします。蒸留器をご自身で開発したというお話があったと思うんですけども、どういうところから発想が出てきたのでしょうか。

稲垣:私が戻ってきた当時、蒸留器は一器だけでした。それって普通じゃなくて、ウイスキーは2回蒸留するので、本来2器一対なんです。新たな蒸留器を作らなきゃいけないなと思ったのですが、当時はウイスキー蒸留所が世界中にたくさんできているときで、スコットランドの有名なメーカーとかだと3年待ちみたいな状態でした。ウイスキーは樽の中で3年間は寝かせないと美味しくならない。ということは、蒸留器が入るまで3年待って、そこからウイスキーを作って3年寝かして、いつになったら商品になるんだみたいな状況。まずそういったことがありました。僕は高校生時代、高岡大仏という高岡銅器の大仏の前を通って通学していました。実は富山県は、銅器の日本の生産90%を占めている銅器の町で、ウイスキーの蒸留器も実は銅製なのです。日本で銅製の蒸留器を作れる会社は日本で三宅製作所の1社しかなかった。三宅製作所は板金って銅の板を叩いて曲げて溶接して作るというやり方だったのですが、高岡は鋳造っていう溶かした金属を砂の型に流し込んで作るということをしていました。バブル期以降、高岡銅器はどんどん減っていっているもし、もし鋳造でやれたら、伝統産業に貢献できるのではないかと思いました。それにお寺の鐘とポットスチルの形って、ちょっと似てないですか。それもあって、老子製作所という世界でトップシェアの会社が高岡にあるのだから、そこで作れればとってもいいんじゃないかと思いました。そうして全く新しいものとの組み合わせで、弊社の鋳造の蒸留器ができました。

吉澤:その話を製作所さんに持っていったときは、どういう反応をされたのですか。

稲垣:普通は尻込みすると思うのですけど、できますよと軽く言っていただいて。お寺の釣鐘だけじゃなくて、仏像とかいろんな形のものを作ってきたので、すごく自信を持ってこの形のものだったらできると言っていただけて、うれしかったですね。

吉澤:素人感覚からすると今まで作っていないものを作るのはとても大変なんじゃないかと思いますが、そこは結構ノリノリで。

稲垣:伝統産業として加賀藩の時代からずっとやってこられたっていうことは、それだけいろんなチャレンジをすでにされてきているんですね。戦時中は銅製の船のポンプケーシングをつくったりもされていたそうで、いいものができるという自信があったのだと思います。実際やってみると、予想もしない大変な技術的課題があったんですけど、それをもう頑張って乗り越えて、今の蒸留器ができました。
 

笑顔や笑いに包まれながら、和やかに進行したトークセッション

吉澤:今まで積み重ねてきたものがどこで生きるかわからないけれど、つながる瞬間みたいなのがありますね。梶さんのところは、大事にしていることはありますか。


梶:薄くて軽量で、強くて柔らかい生地が軽量なダウンジャケットになったり、パーカーになったりといろんなものに製品化されていますが、何事もマーケットが求めているものから発想していかないとだめだと思っていて。より軽く、柔らかく、伸びるといったマーケットの要求は常にあるので、世界のマーケットや今後伸びていくだろう業界に対するアンテナを持ち、追求し続けています。我々の持つ技術を他の産業、他の用途においてどういうふうに使われたら世の中に役に立つかを、僕らはオープンファクトリーで手を挙げている、ということかなと思います。

吉澤:マーケットを見ながら、求められるものをより新しく作っていくのが大事ということですね。

梶:繊維業界もこれ以上ないくらい成熟していて、なかなか発展しにくい環境になっています。大手の合繊メーカーもほとんど撤退でどんどんやめている。それでも僕らはこの先もずっと生きていかなければいけないときに、新たなイノベーションを起こそうと思ったら、繊維業界じゃない違う業界の方、ここに集まるような皆さんと出会い、いかに人脈を広げ、会社と会社の脈をいかに多く作れるかだと思いますね。

吉澤:稲垣さんはいかがですか。マーケットが求めているもので、ウイスキーだとどういうところがあるのかぜひ教えていただきたいなと思います。


稲垣:ウイスキーはこの10年20年で大きく実は変わっていまして、特にシングルモルトと言われる一つの蒸留所で作られたモルトウイスキーが、付加価値が高いというところでシェアを伸ばしています。実は日本のウイスキー蒸留所も、私が戻ってきたときは全国に10か所しかありませんでした。それがもう、今では100か所くらいある。そのほとんどがシングルモルトで、地元に根ざしてウイスキーを作っていくという蒸留所です。そういう市場のトレンドに合わせながら商品を作っていくのですけど、そんな中でやっぱり三郎丸は、三郎丸としてスモーキーなウイスキーを創業当時からずっと作ってきたというのがあります。やっぱりこの部分は、変えてはいけないと思っています。伝統と革新をやっていくにおいては、伝統をただ守るだけじゃなくて、どうしてそれが今まで続けられてきたのかという文化や背景も含めて理解しながら、何を変えて何を変えちゃいけないのかっていうことを考えて判断していかないといけないと思っています。
 

吉澤:市場が求めるものと自分たちの持っている資源をしっかり読み直していくことが大事ですね。本日はありがとうございました。

トークセッションの後には質疑応答も行われ、充実の1日は幕を閉じました。
 

この日の会場参加者と、みんなで記念撮影

登壇者プロフィール

ゲスト画像
梶 政隆 氏
カジグループ代表取締役社長
+ プロフィールを見る
ゲスト画像
稲垣 貴彦 氏
若鶴酒造代表取締役社長 兼 CEO
三郎丸蒸留所マスターブレンダー 兼 マネージャー
+ プロフィールを見る

文=川本央子


conomichiでは

【conomichi(コノミチ)】は、
「co(「共に」を意味する接頭辞)」と「michi(未知・道)」を組み合わせた造語です。

訪れる人と地域が未知なる道を一緒に歩んで元気になっていく、「この道」の先の未知なる価値を共に創り地域に新たな人や想いを運ぶ、そんな姿から名付けました。

今まで知らなかった場所へ出かけて、その地域の風土や歴史・文化にふれ、その地域の人々と共に何かを生み出すこと。そこには好奇心を満たしてくれる体験があふれています。

地域で頑張るプレイヤーの、一風変わったコンテンツの数々。
まずは気軽に参加してみませんか?

このページを見た方に
おすすめの取り組みレポート

このページを見た方に
おすすめのイベント

このページを見た方に
おすすめのインタビュー